広島高等裁判所 昭和36年(ネ)131号 判決 1966年4月18日
控訴人(被告) 宇部市長
被控訴人(原告) 外園正純
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の訴を却下する。
訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。
当事者双方の主張は、左に附加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
控訴代理人は、事実関係につき「原判決摘示の土地(い)に対する換地不交付・金銭清算の処分は、特別都市計画法施行令第四四条により、土地区画整理委員会の意見を聞いた上で定められた特別処分である。控訴人は、昭和二八年四月八日山口県知事に対してなした本件関係土地を含む第二工区の換地処分ならびに特別処分の修正認可申請の立案当時には、原判決摘示の土地(は)が(い)と(ろ)に分筆されていたことは知つていたが、施行規程第一九条に定める権利異動の申告がなく、このような場合に、施行者において、本来(は)に対する換地として交付される予定であつた土地(ハ)のどの部分が現実に(い)および(ろ)に対応する部分であるかを探知し、現地測量をやり直して新計画図を作成することは、事業の性質上不可能なことである。特に、被控訴人の取得せんとした(イ)に該当する土地を含む(ハ)の部分が、分割前の(は)の所有者であつた西村多門に対して交付されれば、私法上被控訴人の所有となるべき土地は、右(ハ)の土地の範囲内に存する筋合となるから、手続の便宜上、(ハ)に該る部分を西村の所有にかかる(ろ)の換地とし、(は)については換地不交付の処分をしても、事実上被控訴人に損害は生じない。以上により、本件は前記施行令第四四条にいう特別の事情がある場合に該当するから、控訴人の処分は何ら違法でない。」と述べた。
(証拠省略)
理由
原判決摘示の土地(は)は、もと訴外西村多門の所有地であつたが分筆の結果(い)(ろ)二筆の土地となり、(い)については、同人から訴外林了を経て被控訴人に所有権移転登記がなされたこと、特別都市計画法に基く宇部特別都市計画事業復興土地区画整理施行者である控訴人は、さきに前記(は)の土地に対する換価予定地として、右西村多門の前主西村豊三郎宛てに土地(ハ)を指定したが、本換地処分にあたつては、右(ハ)に該る土地を西村多門の所有地(ろ)に対する換地として指定交付し、被控訴人所有名義の土地(い)に対しては、換地を交付しないで金銭で清算する旨通知して来たこと、その結果、土地(い)については登記簿が閉鎖され、また(ハ)に該る換地については、新たにこれを宇部市春日町二丁目第三番の三と表示した登記がなされ、その後その一部が第三番の八として分筆された上、訴外山口辰雄に対する所有権移転登記がなされていること、以上については何れも被控訴人主張のとおりの事実関係にあることを控訴人も認めるところである。
右争いのない事実と、原審証人林了の証言により成立の認められる甲第三号証・当審証人原田一敏の証言により成立の認められる乙第一三号証、原審および当審証人林了・同西村末一・同山口辰雄・原審証人西村多門・同大平大巖の各証言、原審および当審における被控訴本人尋問の結果、原審における検証の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、訴外林了は、昭和二七年九月末頃、訴外山口辰雄と共同してヨーグルト販売業を営む土地を入手するために、前叙のように土地(は)に対する換地予定地として指定されていた土地(ハ)の現況を見分の上、その一部である土地(イ)の範囲を実測し、その面積に基いて算出された代金額で、右土地を訴外西村多門の代理人たる訴外西村末一から買い受け、右土地は換地予定地であつたため、右(イ)と(ハ)の比率にほぼ対応する割合で従前の土地(は)から分筆された土地(い)につき所有権移転登記を受けたこと、そして昭和二八年一月二四日頃、右林は、被控訴人に対して負担していた諸債務の弁済に代えて、右土地(イ)を被控訴人に譲渡し、前同様に(い)につき所有権移転登記手続をなしたこと、(イ)の土地からは道路を隔てた別の街区となつている部分に該る従前の土地(い)の所在は、林や被控訴人の念頭には全くなく、両者とも、専ら現況に基く(イ)の土地の取得を目的として前記各契約を結んだものであること、を認めることができる。
以上の事実関係に徴するときは、右西村・林間における売買の主たる目的は、(イ)の現地を客体とする、換地処分の時に確定すべき所有権自体(および確定前においては所有権者と同一の立場においてこれを使用収益しうべき権利)にあり、前記従前の土地についてなされた所有権移転登記も、叙上の法律関係を保全せんとする手段としてのみ意義を有するにとどまり、将来の換地処分と無関係に従前の土地(い)に対する所有権変動が確定的に生じる趣旨ではないと解するのが相当である。そして、林と被控訴人との間の譲渡契約についても、これと異なる要旨に解すべき理由はない。したがつて、前叙のように換地処分において、当事者の予期したところと異なり、(イ)の現地が(い)に対する換地とならず、分筆前の土地(は)のうち西村の所有名義のもとに留められた(ろ)に対する換地の一部に包含されて交付され、被控訴人の所有名義とされた(い)に対しては換地不交付・金銭清算の処分がなされても、その結果、右関係当事者間においては、前記両契約の効果として、換地処分と同時に、(イ)に該る土地の所有権は西村から林を経由して被控訴人に帰し、(い)について交付される清算金は西村がこれを取得すべき関係になつたものと認めるべきである。それ故、右換地不交付・金銭清算処分によつて、被控訴人の(イ)の土地に対する所有権取得が妨げられたものということはできない。
ただ、前叙のような換地処分がなされたので、被控訴人は前記春日町二丁目第三番の三として表示された土地から(イ)に該る部分の分筆・移転登記を受けなければ、その所有権取得をもつて第三者に対抗しえないことは否めない。しかし、(い)に対する換地不交付処分によつてその登記が閉鎖された結果として、被控訴人の(イ)の部分に関する所有権取得の対抗力が奪われたわけではなく、もし(イ)の部分が(い)に対する換地として交付されれば、(い)についてなされていた被控訴人への所有権移転登記が、(イ)の所有権取得についての対抗力の根拠として活かされえたのに、そうならなかつたといえるにすぎない。元来特定の従前の土地に対する換地として特定の土地を交付すべきことを施行者に対して求める権利は何人にも与えられていない以上、右の理由をもつて自己の権利が侵害されたものということはできない。
特に本件においては、前叙のとおりその後前記第三番の三から同番の八が分筆されて西村から訴外山口辰雄に対する所有権移転登記がなされており、右分筆部分が(イ)に該ることは、前顕各証拠により明らかであるけれども、原審および当審証人山口辰雄・同林了・同西村末一の各証言を綜合すると、右山口は、西村ないし林から本件土地を譲り受けた者ではなく、右第三番の八についての所有権取得登記の当時、かつて(イ)に対する権利関係を表象するものとして、(い)につき西村から林を経て被控訴人への所有権移転登記がなされた事実を知つており、被控訴人との合意の上でなければ所有権を取得しえないとの前提のもとに前記登記名義を取得した者で、被控訴人との間の合意が成立していない以上、何ら右土地につき有効な取引関係に立つ者ではないと認められるから、右山口およびその後同人との間で右土地の取引契約を結んだ者は、前叙認定の(イ)に対する被控訴人の所有権取得につき、対抗要件の欠缺を主張しうべき第三者に該らず、被控訴人の所有権は、未だその取得につき対抗力を欠くとはいえ、その故に消滅するに至つた事実はないものというべきである。
被控訴人が本訴において、控訴人のなした(い)に対し換地を交付しないで金銭で清算する旨の処分によつて侵害されたと主張している権利は、(イ)の土地に対する権利にほかならないことは、弁論の全趣旨に徴し明らかであるが、右処分によつては(イ)の土地に対する被控訴人の権利取得は何らの影響も受けていないものであること、叙上認定のとおりであるから、右権利を侵害するものとして前記処分の無効確認および予備的にその取消を求める被控訴人の本訴請求は、何れも訴の利益を欠くものとして、排斥せざるをえない。
よつて右と異なる原判決はこれを取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条・第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。
(裁判官 三宅芳郎 裾分一立 横山長)